骨太の方針に見る「人への投資」

骨太の方針

政府は6月7日、経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)を閣議決定した。

「分配偏重」「市場軽視」ではないかという当初の批判に配慮してか、方針では「成長も徹底して追求」「市場も国家も」と、成長や市場も重視する意向を示した。

政策メニューに並ぶのは「賃金引き上げの推進」「貯蓄から投資へ」「デジタル、グリーンへの投資」…。いずれも日本経済が抱える懸案ばかりで、どこが「新しい」のだろうか。

日本は課題先進国と呼ばれるほど解決すべき問題はすでに明らかになっている。

それは「少子化・人口減少への対応」「エネルギーの安定供給と脱炭素の両立」「デジタル改革などによる生産性向上」「社会保障と財政の安定確保」などだ。

コロナ禍とウクライナという二つの危機は、改めてこれらの日本経済の弱点を浮き彫りにした。政府の役割は何か。山積する課題の解決策を国民に示して説得し、難しい負担調整を伴う改革を断行することだ。

骨太の方針をながめると、補助金など政府の財政支援が目につく。官民協調で新しい資本主義をつくるとしているが、国民の負担を伴う改革や、既得権益層の抵抗が予想される政策はほとんどみられない。7月の参院選をにらんだ政策集の色彩が強いのだろう。

引用元:日本経済新聞電子版

岸田文雄首相

人への投資

岸田文雄首相が訴える「新しい資本主義」は重点分野として「人への投資」を掲げる。
従って、その中身はどうなっているか、「人への投資」について詳しく分析してみよう。

人への投資の強化ー3年間で4千億円投資

成長のカギを握るのは、付加価値を生み出せる人材の育成である。人への投資は企業価値の差を生み出す要因になるとして、働き手がデジタルなどの新しい時代のスキルを身につけられるよう、3年間で4千億円規模の施策パッケージを新たに創設する。

国民が最も期待しているのは、現在起こっている急速な物価上昇・インフレに耐えられる生活の確保だ。それには賃金の引き上げが不可欠だ。

日本は人口減少の大きな制約があり、女性や高齢者の働き手が増えてはいるが、足元では労働力が頭打ちになっている。

日本は経済の地力を示す潜在成長率が2000年代半ば以降、1%にも届かず低迷している。経済協力開発機構(OECD)の21年のデータでは0.5%。ギリシャ(0.4%)やスペイン(0.6%)と同水準で、米国(1.8%)やドイツ(1.3%)との差は大きい。

至急デジタル化などに対応し、一人ひとりのスキルや生産性を高められなければ世界の成長から取り残されるであろう。

日本の人への投資の現状は官民とも先進国で最低水準だ。先を行く世界との差を埋めるのは容易ではないと考える。

 

労働移動の円滑化・人材育成支援

首相は経済財政諮問会議などの合同会議で「計画的で重点的な投資や規制改革を行い、成長と分配の好循環を実現していく」と述べている。

それには社会人のリスキリング(学び直し)、デジタルなど成長分野への労働移動、兼業・副業の促進、生涯教育の環境整備など解決すべき課題の達成に真剣に取り組む必要がある。

 

取組みを怠ってきたツケ

これまでなすべき取り組みを怠ってきたことのつけ・弊害は非常に大きい。
内閣官房によると、企業による人への投資額は国内総生産(GDP)比で10~14年に0.10%にとどまった。米国(2.08%)やフランス(1.78%)に比べ圧倒的に少ない。米仏が横ばいや増加傾向であるのに対し、日本は右肩下がりで差が拡大しているという残念な状況である。日本の人への投資の現状は官民とも先進国で最低水準だ。

日本企業は従来、人件費をコストとみなす傾向があった。だが、近年はデジタル化の加速などを背景に企業の競争力の源泉は従業員のスキルやアイデアとの考え方が広がってきている。

経済産業研究所の森川正之氏が日本企業のデータから試算したところ、教育訓練投資の累積額が2倍になると労働生産性が2.2%上昇した。特にサービス業は2.5%高まり、効果が顕著という試算だ。

新しい資本主義の計画規模に疑問

新しい資本主義の計画は従来の日本企業について「安価な労働力供給に依存し、コストカットで生産性を高めてきた」と総括し、軌道修正を図る。24年度までの3年間で4000億円を人への投資に充てると明記した。成長分野への労働移動で100万人を支援する。

しかし、みずほリサーチ&テクノロジーズの服部直樹氏の試算によると、潜在成長率を欧米並みの1%台半ばに引き上げるには官民の人への投資額を年3.9兆円まで増やす必要がある。今は1.6兆円にとどまり、なお踏み込み不足とみている。

服部氏は「より大規模な投資が不可欠」と指摘する。特に中小企業向けの税額控除や助成強化が不可欠とみる。ばらまきではなく、働き手の能力を引き出す施策が必要である。

デジタルスキル職業訓練の強化

デジタルスキルは職業訓練の講座の割合を今の2割程度から3割超に高めるという。また転職が容易になるよう外部の専門家と相談しやすい体制も整備する。

世界は先を行く。デンマークは職業訓練の内容を労使が協議し、ニーズにあうスキルアップを支援する。手厚い失業給付とセットの雇用政策はフレキシキュリティーと呼ばれ欧州各国に広がる。

スウェーデンは1974年に就学休暇と仕事復帰の権利を保障する教育休暇法を制定した。就労後の学び直しを国全体で後押しする土壌がある。米国では従業員教育を含む人的資本の開示が進んでおり、企業の投資を促す圧力にもなっている。

企業の情報開示ルールの見直し

企業の人的投資を促進するため、人的資本への投資の取組などの非財務情報について、有価証券報告書の開示情報の充実に向けた検討を行い、2022年中に非財務情報の開示ルールを策定する。

 

多様な働き方の推進

ウィズコロナ・ポストコロナの「新たな日常」「新しい生活様式」に対応した働き方として、良質なテレワークの定着を促進する企業支援を行う。 また、兼業・副業の促進、選択的週休3日制度の普及を図ることや、各種手続・規制の見直しなどにより、多様で柔軟な働き方を選択でき、安心して働くことができる環境の整備に取り組む。

 

女性や就職氷河期世代の支援

新型コロナウイルス感染症の影響により厳しい状況にある中、一人一人の実情に沿った支援を行っていくため、デジタル分野での女性活躍も含め、女性や就職氷河期世代などの方に対するきめ細かな支援を行う。

 

フリーランスの環境整備

フリーランスが安心して働ける環境を整備するため、事業者とフリーランスの取引について、法制面の措置を検討するとともに、引き続き「フリーランスガイドライン」の周知や、窓口での相談対応(フリーランス・トラブル110番)等を行っていく。

 

人への投資はコロナ後の成長競争も左右する。シンガポール政府は21年に米ボストン・コンサルティング・グループと組み、転職希望者らがデジタル関連スキルを学べる取り組みを始めた。


これまで見てきたように、骨太方針に示された「人への投資」の施策は、当然やるべきことであり、
既存の政策の延長線上にある施策を列挙したように思える。

今後、企業の競争力や日本の成長力を高める実効的な具体策を打ち出せるかどうかが問われる。労働移動の加速には投資を手厚くするのと同時に硬直的な雇用システムの見直しを官民で進めることが必須である。

 

情報元:首相官邸ホームページ
情報元:日本経済新聞電子版